2022
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公開お稽古会

毎月第2土曜日(13時)
矢部屋許斐本家 奥座敷

筑後旭会

 橘流筑前琵琶日本旭会の支部旭会として2015 年設立。
それぞれ別の旭会に所属していた、石橋旭姫、原口旭愛、西田旭希代三人とも福岡県南部筑後地域のみやま市に縁があることがわかり、筑後地域に拠点を作ろうと、三人を中心に筑後旭会を立ち上げる。
かねてよりサポートくださっていた八女市の茶商、矢部屋許斐本家様の文化財の建物のお座敷をお稽古部屋として利用させていただき、毎月公開お稽古会を実施し琵琶の音を日常の音となるよう活動をしている。

2016 年には筑後旭会の石橋、原口、西田の三人で演奏家グループ kochou を結成。
筑後旭会 kochou として演奏活動も積極的に行っている。

橘流筑前琵琶日本旭会とは

 桓武天皇の時代(720―805)筑前国三笠郡四天王山北隅の渓谷に、橘定玄と称する一沙門があった。延歴 7 年比叡山延暦寺根本中堂創建の際に上洛し、琵琶を弾じ「地鎮陀羅尼経」を読誦して、国土安穏を仏天に祈りその法力を認められ、朝廷より「玄清」の名と「法印」の号を賜って帰国した後、成就院を建立して筑前盲僧の本山とし、盲僧を集めて「地鎮陀羅尼経」を唱え、琵琶を弾じることを教えた。これが後世の筑前琵琶の源流となっている。

 玄清法印没後、九百五十余年を経た、安永十年五月、筑前琵琶中興の祖といわれる橘真定は、京都粟田口清蓮院宮に請い、盲僧部を再興した。その真定から五代目に当たる橘智定が、筑前琵琶旭会宗家一世旭翁である。一世旭翁は、明治十八年の頃から楽器の改良と共に歌節の創作を志し、明治三十二年、小松宮の御前弾奏に際し、初めてこれに「筑前琵琶」と命名した。

 明治四十二年五月「大日本旭会」を組織して全国門弟の統率を図る三世旭翁の世には先考の遺曲をも守りつつも、常に時代に沿う新曲の創作を続け、戦後は琵琶の復興に全力を注ぎ、昭和二十四年、大日本旭会を「筑前琵琶日本旭会」に改め新しく自由な作曲をすすめ今の世にまで続く礎となる。

奏者紹介

Performers

原口 旭愛

HARAGUTI KYOKUAI

 偶然目にしたTVで筑前琵琶の演奏を聴き、その音色に魅了され1997年に中村旭園師に入門。筑前琵琶は繊細な音の余韻と打楽器のような力強さで物語を表現するところが魅力的で、糸の押さえで音をつくりだすところが難しいのですが、思っていた音が響く瞬間は心地よくとても楽しくなります。そんな、筑前琵琶の魅力を伝え、繋いでいけるよう活動中です。

代表演奏曲秘曲
「玄清法印」   「俊寛」  「貧女の一燈」

石橋 旭姫

ISHIBASHI KYOKUKI

 8 歳の春、泣きながら琵琶の稽古場に通う日々がはじまる次第に、師中村旭園の音に魅了され、琵琶奏者としての道を進むことに現在福岡県南部、八女市に拠点をおき様々な演奏活動を行っている。

第56回(2019 年)
琵琶楽コンクール第 3 位
(日本琵琶楽協会主催)

好きな琵琶曲
「舞扇鶴ケ岡」「清水一角」「羅生門」

西田 旭希代

NISHIDA KYOKUKIYO

 祖母【佐々木旭昉】の弾く琵琶がかっこよかったのではじめたが、あまりにも難しく30年経っても今だ稽古中。
琵琶一生…先人の言葉どおりの琵琶人生を送っています。先帝祭、真木祭にて奉納演奏を主に活動中。

好きな曲
五絃「203高地」「若き敦盛」「衣川」
四絃「義士物」「端唄」

筑前琵琶日本旭会正曲

『俊寛(しゅんかん)』

平家物語抜粋
作曲 中村旭園

演奏 原口 旭愛(はらぐち きょくあい)

筑前琵琶日本旭会正曲

『貧女の一燈』

香月隆 作詞
中村旭園 作曲

演奏 石橋旭姫(いしばし きょくき)

筑前琵琶日本旭会正曲

『二〇三高地』

高田恵統 作詞 三世旭翁 作曲
演奏 西田 旭希代(にしだ きょくきよ)

1904年(明治37年)日露戦争旅順攻撃の戦野を背景に、乃木将軍の人間的苦悩と勇壮な二〇三高地攻撃の対比が見事である。三世旭翁の作品で随所に斬新な手法が見られる曲である